「ティナっ、魔法よろしく!」
「は、はい……っ」 遺跡の奥底で響く剣戟の音。
剣を交えるのは女戦士。すばやい動きで隙を突くのは女盗賊。背後で不測の事態に備えるのが女神官。
そして今しがた、戦士に指示を飛ばされ杖を握るのが女魔術師ティナ。 この4人は、オランで最近売り出し中の女冒険者グループだ。
ゴブリン退治や隊商の護衛からはじまり、こつこつと地味な仕事を積み重ねてようやくの遺跡デビュー。俄然やる気もいつも以上。
「万物の根源たるマナよ……ううっ」 だが、どうにも先ほどからティナの様子がおかしかった。
ぎゅるるるる――。
下腹部から響く不気味なうなり声。
(こんなときに……っ)
じんじんと鈍い痛みを放つお腹。今にも決壊しそうなくらい押し寄せる熱いもの。 ティナは下痢だった。
普段からお腹の調子が悪いというわけではない。悪いものを食べたということでもない。
初めての遺跡という極度の緊張状態、そして想像以上のストレスによる急性の体調不良だった。
「不可視の盾となりて我らを護れ……!」
滲む汗が目にしみるが、どうにか呪文を唱えて仲間へのプロテクションを完了する。
(お腹の痛みからも護ってほしいよ……っ)
丈の長いローブの下で内股になりながら、心中でぼやく。
遺跡探索の仕事が入ったときは喜びはしたものの、出発の直前になって緊張が酷くなったことを思い出す。 底知れぬ闇。未知の罠。脅威となる怪物。
そんな不安は日に日に募り、生理が遅れたり食欲が減退したり、そして急な下痢に襲われたりと踏んだり蹴ったりだ。
ぎゅるるるる!!!
「っ……!」 再びうなったお腹をおさえ、魔法の発動体の杖を文字通り杖にしてどうにか崩れそうになるのを堪える。
「どうして……」
口の中で、仲間に聞かれないように呟く。
(どうしてトイレのまん前に、ガーディアンがいるの!?) そう叫びたくて仕方がなかった。
そんなティナの視線の先には、明らかにトイレのマークがついた扉が見えていた。
現在戦っている鎧を纏ったボーンサーバントは、廊下の脇に飾ってあったものだ。合言葉を唱えないものが通ると、攻撃する仕掛けのようだった。
戦闘前から痛むお腹を抱えていたティナが、トイレらしき施設を見つけて内心大喜びで魔力感知を、とまでは言わないが、警戒するのを怠ったのが不意打ちされた原因だろう。
(それほどせっぱ詰まってるのにっ) 内心で弁解しつつ、戦況を見る。
鎧を着た骨人形は思いのほか手ごわく、戦士と盗賊を相手に一歩も引いていない。
ごろごろごろっ!! ぎゅぴぃ〜〜っ!!
「ひぐっ……!」 一際大きな波が来た。 思わず声が漏れ、神官が心配そうな視線を向けてきた。
「大丈夫!? どこからか魔法とか……」
「大丈夫、ちょっと足をぶつけただけ」 汗の滲む引きつった顔でそうとだけ答える。
ダメだ。もうダメ。限界。 「そ、それならいいんだけど……あっ! チャ・ザ様、ご加護を!」
戦士が骨人形の剣に切り裂かれたのが視界に移り、神官は慌ててそちらに癒しの魔法を飛ばす。 出ちゃう。もう我慢できない。もうホントに。
「きついわ……ティナっ、攻撃魔法で援護して!」 狭い廊下で思うように戦えない。戦士は剣を振るいながら声だけで指示を飛ばす。
それだけで、いつもならすぐに呪文の詠唱の声が聞こえてきただろう。だが、今日に限ってそれがない。
もう限界。ちょっとでも動いたら。出る。出る出る。 「ティナ!? エネルギーボルトを……くっ!」
出る。出る出る。出る出るでるでる……!
「ううううぅ……らめぇぇぇぇ!!!」
ブジャアアアッ!! ブジュッ、ブバアアァッ!!
ブボボオッ!! ブリリリッ!!
ビジュッ、ブブッ、ブリブッリュブッ!!
ビジャビジャプジュッ! ビチビチチジュブッ!!
限界を超えたティナは、ローブの下で盛大に下痢便を爆発させた。
動きやすいよう選んだ面積の狭いパンツなど一瞬で許容量を越え、あふれ出した汚物がローブを汚し、足を伝って地面に叩きつけられる。
横の神官が唖然とした表情でそれを見ていた。 恥ずかしくて死にそうになるが、それでもいったん決壊したものは止められなかった。
とてつもない悪臭と耳障りな破裂音を響かせ、ティナのおもらしは続く。
(ああ……出てる。臭い。気持ち悪い。でも出せてキモチイイ……)
頭の中が真っ白になっていく。 そんな白く染まる頭の中で唯一考えられたこと。
果たして、このまま生きて遺跡を出れるのだろうか。 そして例え帰れても、仲間はいつもと同じように自分を迎えてくれるだろうか。
ティナは虚脱感に支配され、自らが作り出した下痢便の海へ倒れこんだ。
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