メリッサは強烈な便意に襲われていた。
原因は定かではない。先ほどの休憩で食べた保存食が悪かったのか、水が腐ってでもいたのか。とにかく、刺すような痛みが下腹部を激しく刺激し続けている。
だが、その痛みから解放されるために隊列を離れることなど出来ない。
現在、遺跡の一部屋を守るガーディアンと戦っていたからだ。
「メリッサ! そっち行ったぞ!!」
リウイが大声で怒鳴る。はっと我に返ると、目前まで敵が迫っていた。岩の翼を羽ばたかせ、悪魔像が爪を振り上げて突っ込んでくる。
ガーゴイルだ。迎え撃つべく、メリッサは愛用のウォーハンマーを構える。
ぎりぎりぎりぎり。
「くっ……!」
だが、それ以上に容赦なくメリッサを苛める下腹部の痛み。
いつものメンバー――リウイ、ジーニ、ミレル――だから、体調が悪いといえば休ませてはくれるだろう。戦いに無理に参加させることもしないだろう。
だが、冒険者として、マイリーの神官として引くわけにはいかない。これくらいのことで戦いから逃げるなんて、とんでもない。
「マイリーよ……っ!」
自分に言い聞かせてガーゴイルの爪を戦槌で受け止め、逆に殴り返してやる。
顔面を強かに殴られたガーゴイルは、あわてて部屋の天井付近まで羽ばたいて逃げる。
「降りてきなさいっ! ……うっ」
ギュルルルルル……ゴギュルゥゥゥ。
痛い。お腹が悲鳴を上げている。思わずお腹を押さえ、蹲りそうになるのを必死にこらえる。
空中のガーゴイルが、その様子を見て目を細めた――ように見えた。一気に急降下してきたガーゴイルは、いやらしくもメリッサのお腹を目掛けて強烈なぶちかましをかけた。
「ひぐううっっ!!」
思わぬスピードに反応しきれなかったメリッサの腹部に、岩の塊がめり込む。まぶたの裏で星がチカチカしたかのような感覚を覚え、遅れて衝撃が全身を駆け巡り、悲鳴と一緒に空気が搾り出される。
これで漏らさなかったのは奇跡に等しかった。強靭な意志の力でお尻の奥から込みあがってくるものを堪える。
「メリッサ!」
悲鳴を上げ体をくの字に折り曲げているメリッサに気づいたミレルが、ダガーを投げて援護してくれる。
小さなダガー程度でガーゴイルに傷を負わせることは出来なかったが、気をそらすには十分だった。
「こ、この……卑怯者……っ!!」
目じりに涙を浮かべたメリッサは、気合で体勢を立て直し戦槌を振るう。
次はミレルに向かって飛び掛ろうとしていたガーゴイルの頭部をとらえたその一撃は、完膚なきまでにその頭を粉微塵に粉砕した。
「はぁ……はぁ……」
たかだかガーゴイル風情と思って甘く見すぎたようだ。もうお腹は限界近い。
早く戦闘が終わってほしいと思ったことは、おそらくこれが初めてだろう。
メリッサとしては幸いなことに、それから1分も立たずに残ったガーゴイルもリウイたちの手によって一掃された。
「しかし妙だな……ここにきてガーゴイルとは」
不意にリウイが呟いた。
「そういわれると、ちょっと引っかかるね」
髪飾りやネックレスといった魔法の装飾品を手にしたミレルも、同意するように続く。
ここはすでに遺跡の最深部に近い。この部屋でも、かなり値打ちものに思える財宝が今しがたミレルの活躍によって見つかったところだ。ガーゴイルなんかでは、守護者として適当でない気がしてならなかった。
しきりに頭を捻る面々だが、メリッサとしてはそんなことよりも、早くトイレに行きたいとろこだった。
今まではなるべく遺跡ではしないように心がけてきたが、この際四の五の言っていられない。トイレらしき施設も見つからなかったから、適当なところでしゃがみこまなければならないが、漏らすよりはマシだ。
早くその旨をそれとなく伝えて、すっきりしにいこう。そう思って口を開きかけた瞬間、そいつは襲ってきた。
「あの………うぐっ!?」
不意に圧迫感が全身を襲う。腹部の痛みではない。
何かが、首に巻きついている。これは――ギャロット(絞首紐)だ。
「なっ……シャドウ・ストーカー!?」
リウイが驚愕の表情で叫んで、剣を抜いた。だが、メリッサが首を絞められている以上、迂闊に攻撃は出来ない。こうした状況では、仲間に剣が当たってしまう場合が多い。
「うく……くはぁっ!」
シャドウ・ストーカー。その名のとおり、影のような黒い気体となって敵の背後に忍び寄り、実体化してギャロットで首を絞める姑息なモンスターだ。
ガーゴイルを守護者だと思わせ、財宝を手に入れた瞬間に本命であるシャドウ・ストーカーに襲わせる。巧妙な罠に、メリッサたちは見事に引っかかってしまったらしい。
「がっ……かはっ! ……くる……し……」
ギリギリと容赦なく締め上げられるメリッサ。振りほどこうともがくが、お腹の痛みと伴って思うように力が発揮できない。
そして、生命力以前に、お腹のほうが限界に達しそうだった。
「くそ! この野郎、メリッサを離せ!」
罵声を飛ばすものの、万が一メリッサを傷つけたらと思うと、構えたダガーが投げられない。
締め上げられるたびに顔が真っ赤になっていき、逆に下半身からは力が抜けていく。
「だ……だめ……!」
ブボボボボッッ!!
モ゛ッッ!! モコモコモコッッ!!
ブブモモモモッ!! ブッ! ブビブボフッ!!
「うっ……くう……っ!」
ついにメリッサのパンツの中に汚物が解き放たれた。くぐもった音を立て、お尻に不快感が広がる。
大量に吐き出されたそれは、お尻とパンツで押しつぶされ、脇からにゅるにゅるとあふれ出してくる。
だが、それでもシャドウ・ストーカーの攻撃も、そして排便も止まらない。
ブビビビビブババババババッ!!
ブウウッ!! ブボブブウッ!!
ブビバッ!! ブジュルバブッ!!
強く締められるたび、それに合わせてリズミカルにお尻が汚物を生み出す。
次第に大きくなりつつある音は、すでに仲間の耳にも届いているだろう。
面積の小さなパンツでは防ぎきれる量もたいしたことは無く、べちゃべちゃと汚らしい音と便カスを飛び散らせながらあふれ出したものが地面に叩きつけられている。
とても仲間の顔なんて直視できなかった。いや、したくてもそのような余裕などまったくなかったのだが。
ブジュウウッ!!
ブッ、ブッ、ブビッ、ブバッ!!
ブボボバババッ!! ブリブリブリブーッ!!
ブウウーッ!! ブッスウウウッ!!
バフバフッ!! ブベベボブビイッ!!
お腹の中身を全部出してしまっても、攻撃は止まない。ついに出てくる固体も無くなり、腸内に溜まったガスが噴出し続ける。
周囲はまるでガス・ストーカーに襲われているかのような悪臭に支配されている。
仲間たちも慌ててメリッサを救おうとするものの、攻撃されそうになるたびに巧みに体位を変えるシャドウ・ストーカーの知略のせいで、まごまごし続けている。
ブリリッ!! ブジュブジュブジュッッ!!
ビリビリビビビビィィーー!!
ブスブリビジュゥーッ!!
ブッ!! ブブブブビュミィィーッッ!!
「も……だ……」
頭がぼーっとしてくる。顔色が赤から青へ、そして紫色に変色しつつある。空気を求めてパクパク動く口はだんだん動きが鈍くなってきて、よだれと鼻水と涙が汚らしく垂れてくる。
ブシューッ!!
ジョロロロロロロロロロ〜〜ッッ!!
ビチャビチャビチャビチャッ!!
ついに、尿意すら感じていなかったのにおしっこが迸り、汚い地面をさらに汚していく。
自分はこのまま、糞尿まみれで死んでしまうのだろうか。酸欠でパンパンにむくんだ顔で。顔から出るもの全てで、美しいと称えられた顔を汚して。
マイリーの元へも、糞尿まみれで行かなければならないのだろうか。
そんなのは嫌だ。
(不本意ですわ……不本意ですわ……不本意ですわ……)
心の中で反芻する。だらりと力なく揺れているだけだった指先が、ぴくりと動く。
ぼーっと、涙を流すばかりだった目に光が戻る。だらしなく開きっぱなしだった口が、きりっと結ばれる。
「……すわ………ですわ…………意ですわ………不本意ですわ……」
ガッ、と持ち上げた腕でギャロットを掴む。首とギャロットの間に手を突っ込み、ギリギリと締め上げるそれを押し広げる。
「不本意ですわっっ!!」
ブッボオオオオンッ!!
生と死の境を跨ぐ寸前で、メリッサは力ずくでシャドウ・ストーカーから逃れることに成功した。
「ガハッ、ゴホッ!! カヒューッ、カヒューッ!!」
力みすぎたため、再び大音響のおならが室内に響き渡ったが、すでに存分に恥を晒してしまっている、気にもならなかった。
大きく咽こみ、必死で空気を貪る。悪臭に支配されたお世辞にもおいしいとはいえない空気だったが、今まで食べたどんなご馳走よりもすばらしく感じられた。
「メリッサ! よくやった!」
「メリッサすまない……仇はすぐに!」
リウイとジーニがそれぞれの剣を手にシャドウ・ストーカーに飛び掛る。
ミレルがメリッサの介抱にかかったが、超絶的な疲労と羞恥に、メリッサはぐったりと気を失ってしまった。
「こちらを向かないでください!」
「わ、わかってるって」
戦いが終わり、どうにか目を覚ましたメリッサはようやく自分の失態を思い出した。
お尻には未だに気持ち悪いものがべっとりと付着している。パンツも、たとえ綺麗に洗っても二度と履きたいとは思わない。
金切り声を上げてリウイたちを後ろに向かせると、目じりに大粒の涙を浮かべながらまずスカートを脱いだ。
本当はもっと別の部屋、一人きりになって着替えたかったが、先ほどのようなことを考えると、到底一人になんてなれるはずがなかった。
脱いだスカートにも、茶色いシミが出来ている。今すぐ燃やしてでも処分したかったが、冒険に替えの下着はともかく、替えの服なんてかさばるものなど持ってきていない。
どうしても、これを履いて探索の続き、そして帰らなければならなかった。あとで水で丹念に擦り取らなければ、と心に決め、恐る恐るパンツに手を伸ばし、紐を解く。
べちょり……べちゃっ……ブチョッ!!
ベチャベチャッ!! ビジュッ……
ボドボドボドッ!!
「うう……こんな恥辱っ」
泣きながら、脱いだパンツにこんもりと溜まった汚物が地面に落ちる。すでに地面に溜まっていた分と合わさると、相当な量となり山が築かれていく。
メリッサは親指と人差し指だけで掴んだそれを、便塊を隠すようにその場に捨てた。
カバンから取り出した紙で、念入りに念入りにお尻を拭う。押しつぶされた便は秘所、そして太ももまで汚していた。
常に衛生的にしておかなければならない秘所は、紙で拭いただけでは不安だということで、少々もったいなかったが水袋の水を使って、丹念に汚れを落とした。
そしてようやく、替えの下着を手に取った。
不意に、視線の隅に汚れたパンツと大量に使用した紙で隠された汚物の山が目に入った。外見上はどうにか隠しきれたものの、その鼻の曲がるような悪臭、小川のように四方八方に流れた便汁までは隠しきれない。
「……不本意ですわっ……ぐすっ」
メリッサはパンツを履きながら、短くぐずりながら呟き、そしてマイリーに懺悔した。
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